~光陰矢の如し~
2012年1月29日(日)
 

blog-seikeishi-20120129.jpg早くも1月が終わろうとしてます。光陰矢の如しですね

今年は特に冷え込みが厳しいようで、年末に生けた本堂ロビーの生花もようやく満開です

特に梅が良い香を放っております 

梅が咲くとやはり春の近づく足音が感じられます

 2月は門祖聖人の549回目のご祥月ご命日。明年は、いよいよ550回御遠忌御正当の年!

 前進前進また前進の気概で頑張れねばと、心には思う次第息切れが心配です。(S・N)

『宗風について思う処』
2012年1月21日(土)
 

blog-nichijoushi.JPG 『巨人軍は紳士たれ!』とは巨人軍の初代オーナー正力松太郎氏の言葉です。確かに巨人軍の選手はたとえ若手であっても茶髪に染めたり無精髭を生やしたりと、チャラチャラした選手は一人もいない。その点紳士的な球団と申せましょうが、今日勃発したフロントのいざこざ、所謂〝清武の乱〟といわれる一連の騒動はお世辞にも〝紳士的行為〟とは申せますまい。  
 
 少年時代よりの巨人ファンである私にとっても情けない限りで、初代オーナーもさぞや草葉の陰で嘆いておいででしょう。しかし何故斯様な醜態を晒す結果に陥ってしまったのか?それは偏にその初代オーナーの理念が言葉のみでしか伝えられていなかったが故と申さざるを得ません。松太郎氏存命中は殊細かく具体的にその理念を語られたと思われますが、しかし如何せん言葉のみで〝明文化〟された物が残されていなかったが故に、没後何十年と経ってしまえばその精神や理念も消え失せてしまうというのは有る意味当然の帰結といえるでしょう。 
 
 さて今回、寒夏の御法門テーマとして久方ぶりに〝宗風の実践〟が採り上げられました。
十五世日晨上人のお言葉にも有る如く、宗法はいわば佛立宗の憲法であり、日本国憲法にもその内容を集約して示された〝前文〟というものが示されております。佛立宗の憲法たる宗法の前文に相当するのが〝宗綱〟で、その宗綱の第十三条としてこの〝宗風〟が示されているのであります。宗綱の前十二条は即ち佛立宗の〝法〟を集約して示されたものであり、第十三条の〝宗風〟はいわば佛立宗の〝人〟即ち〝ご信者らしさ〟或は〝佛立信徒の理想像〟、更に先の正力松太郎氏の言葉を借りれば宗風とは〝佛立信徒は菩薩たれ〟という理念を具体的に〝明文化〟されたものと解釈させて頂けます。
 
 顧みれば、宗綱も宗風も昭和五〇年代に断行された宗制の抜本的な大改正の折に付加されたものであります。時の宗務総長は後に十八世講有となられる西村日地上人です。ご自身の義父に当たる十五世講有日晨上人のご依命を受け、敢て宗綱にこの宗風を盛り込まれたのであります。ひと口に〝ご信者らしさ〟といっても抽象的です。自身が存命中なれば殊細かく教導も出来ましょうが、一旦世を去った後、果たしてこの理念や精神が如何程迄に継承されるか否か?そう心労なされた日晨
・日地両上人は〝ご信者らしさ〟という言葉のみではなく敢て〝宗風〟という〝明文化〟された形で、しかも宗制の最も重要な〝宗鋼〟の一部としてお遺しなされたのであろうと推測させて頂けます。今日二十数年ぶりに寒夏の御法門テーマとして採り上げられる事が出来たのもそのお蔭と申せましょう。
 

  両上人のご慧眼と御威徳に心から敬服・感謝させて頂くと共に、その理念や精神を言葉のみの継承で終らせて仕舞えば誠に勿体無くも申し訳ない!と自身にも言い聞かせ、この寒夏の御法門を拝ませて頂いた次第であります。(R・K)  

~菩薩的感性~
2012年1月17日(火)
 

blog-syokoku.jpgご縁をいただいてフィリピン信徒の担当としてご奉公させていただいてから一年が経った。今までの出張ご奉公は3回にわたるが、渡航するたびに衝撃を受けるというか、信心というものの原点を肌で感じるような体験をすることばかりである。 

昨年9月にマニラにおいて定例御講を教区長宅で奉修させていただいたが、その中に赤ちゃんを連れている婦人(年齢は恐らく20代)がお参りしていた。御講の終わった後に教区長から紹介され、「この方はご信者ではなかったのですが、入信したい申し入れがありましたので御本尊の奉安をお願いします」とのこと。「これは有り難い」と、早速翌々日にご自宅へ伺い、四畳ぐらいの部屋を寝室とダイニングの二間に分けた感じの部屋のダイニングのほうに御本尊奉安。自分をふくめ大人5人が押し詰め状態でお看経。その部屋の住人はその婦人と赤ちゃんだけ、いわゆるシングルマザーの家庭。 

その時初めて知ったのだが、このご婦人は過去に2回ほど御講にフィリピン信徒に連れ参詣され、今回が3回目の参詣だったとのこと。そのご婦人曰く「HBS(本門佛立宗)のご信心は、自分のことしか願わない宗教ではなく、人のために願う、人の幸せを祈る宗教だからホンモノのご信心だと思った」と、これが入信の動機になったとのこと。

フィリピンの一般の現地人はいわゆる貧困層がほとんどで、このご婦人も例外ではありません。頼りになるはずの夫もいなければ、床が抜けてしまいそうな質素な部屋で暮らしており、自分たちがその日食べていけるかどうかと思われるなか、唖然とした自分の開いた口がふさがらなかった。

 その日を生きるのが精一杯の状況下で「人のために願う、人の幸せを祈る」ことに合点がゆきホンモノだと感じたことに、逆に感銘し、教えられた。いつも「人のことを願う菩薩心」が大事と御法門を説いてきた立場にありながら、自らの命をつないでいけるかどうかという状況下で、自分自身は本当にそう思えるかどうか― 当初、フィリピンで「人のために菩薩行を」と説いても、食べることすらギリギリの生活を強いられている、貧しい現地の方に受け入れられるのかと懸念していた。しかしこのご婦人の意外な言葉を聞かされ、当宗の教え、み仏のお慈悲はやっぱり嘘じゃない、ホンモノのご信心だと感じると同時に、自分自身の「甘さ」も浮き彫りになった感があった。

 本当に命がけで、一生懸命に生きているからこそ、「菩薩心」の大事なことに納得したのかも知れない。そんなホンモノのご信心に合点がゆき、入信を決意したこのご婦人は「ホンモノの菩薩」の感性を具えた人といえよう。(S・K)

~それからの三兄弟~
2012年1月10日(火)
 

blog-seishinshi.jpg「お月見の頃に茎を切ってヘチマ水を取ります」と坂本さんに教えていただき通り、御会式前に茎を切った。青々と茂ったヘチマもあっという間に枯れ、壁に張り付いた茎も難なく外れた。ヘチマは15本ほど実ったが、一部は刻んで日曜日のお供養のお味噌汁に入れ、あとは水につけて皮をふやかした。根からの茎は一升瓶が取り付けられヘチマ水が取られた。  ヘチマの実はその後、乾かして皮と種を取り除き、「ヘチマたわし」に変身した。ヘチマ水は精製されて「天然100%のヘチマ化粧水」へと変身した。11月13日(日)教養会総講の折に100本のヘチマ化粧水と数十個のタワシは「口引き」で分けられた。いただいたご信者は冥加料を納めた。この冥加料は震災の義援金に加えられた。 いよいよ、「ヘチマ化粧水」を試す時がきた。婦人会は「きっと坂本さんのようにきめの細かい美しい肌になる」と夢見ている。 「来年はもっと沢山植えましょうか」量産体制を考えている婦人会もいる。坂本さんは「同じだけ植えても来年は倍はとれますよ。今年よりも土が肥えているはずですから」と。
 ヘチマ三兄弟は、私たちの目を楽しませ、実りを残し、来年への手回しもしてくれた。 ヘチマ三兄弟、ありがとう!  完 (S・O)

 

  さて、『光陰矢の如し』とよく言われますが、我々教務さんはご信者の年忌をお勤めする際に〝もうそんなに歳月が経ったのかぁ〟と感慨に耽ることがまゝあるのではないでしょうか?先般私の祖母の23回忌の法要を無事お勤めさせていただきましたが、その祖母が亡くなsyoinblog-nichijoshi.jpgった時のちょっとしたエピソードをお話致します。  
 
その日私は先住の随行兼運転手で母親共々親子人、綾部清現寺の御会式に御参詣させていただいておりました。無事御会式も終わり、その夜の宿である城之崎温泉の旅館に向け、温泉とカニ料理を楽しみにひた走って無事到着致しました。しかし駐車場の場所を聞きに行った両親が怪訝な顔をして車に戻ってくるのです。「おばあちゃん亡くなったんやてぇ」「ええ!!!!・・・・」私は頭の中が真っ白になりました。 

  実は我々が出発した直後に清現寺さんに連絡が入っていたのですが、携帯電話など無かった当時の事、道中連絡を受ける術は無かったのであります。温泉とカニ料理の楽しみは水の泡、旅館の方は祖母が亡くなったことをしりませんから無事旅館に着いたと言うことで、出してくれた〝縁起物〟の昆布茶だけを頂き、とんぼ返りで帰路に着き、結局その日は日帰りで500キロもの大移動となったのです。『あれからもう22年も経ったのかぁ。あの頃俺も若かったなぁ』と感慨ひとしおの一日でございました。 

  ちなみに私は過去4回城之崎を訪ねておりますが、一度家族旅行で訪ねた折、現地で発病してカニをひと口も食べられなかった事もございました。4回のうち2回もカニを食べ損なったとは!城之崎は私にとって鬼門なのでしょうか?ほんとは城之崎ではなく〝鬼〟之崎って書くのでは????????R・K  

 

私たちは何か事を起こそうというとき「たった自分一人だけでは」「どうせ私ひとりしか」という思いによって、今できることさえもせず、いつしかあきらめてしまうことが多いのではないでしょうか。

たとえば山歩きをしていて、立kenyusyo-blog-201111-shoin-shi.jpgて看板に「自然環境のために一人ひとりの協力をお願いします」という標語を見て、そうだその通りだと納得はしても、一方では、たった自分ひとりだけがゴミを捨てるのをやめてみたところで、私ひとりだけがゴミをひとつくらいを拾ってみたところで何も変わりはしないだろうと思ってしまうのです。しかし、自分ひとりだけでもゴミを捨てず、たったひとつのゴミを拾うことによって、そこにはわずかであっても小さな変化があることに気づくかなくてはならないのです。

「たぶんダメだろうと予想して何もしなかったら、それが予想通り一番ダメな結果である」という格言があります。 私たちがご信心ご奉公させていただくときにでも、まわりの人が協力してくれない、思い通りに事が運ばないという場面にはたびたび遭遇するものです。そこで、周りが悪い、環境が良くない、だから「たった自分ひとりだけが頑張ってみてもはじまらない」「どうせ私ひとりのご奉公ではどうしようもない」とあきらめてしまっては、それこそ何も始まらないのです。自分ではどうしようもないことやできない理由を指折り数えてみるよりも、たとえ小さなことであってもいま自分にできることをひとつでも多く数えてみる心がけでのご信心こそ大切なのではないでしょうか。

周りを変えよう、相手を変えようとすれば、まず自分自身が信心改良をさせていただくことが先決なのです。これこそ、唯一誰にも邪魔されずにできる確実な変化へのはじまりとなっているはずと信じて、そうして自分が変わった分だけ、周りも変わり、相手も変わっていく、そのさきがけが私の今日のご信心でありたいものです。そうした思いを忘れぬように、今日も一日「自分から、自分だけでも、自分のできる」信行ご奉公に励みたいものです。(S・T)

 

4月の御講席でご供養をいただきながら雑談をしていると、92歳になる坂本さんが「今年もヘチマを植えました」とのこと。今年はヘチマの苗が中々見つからず、庄内中の植木屋さんを自転車で回ったがないので、三国まで買いに行ったとのこと。組内で最高齢の坂本さん、そのフットワークの軽さに一同「へーっ」と唖然。毎年、ご自宅の庭で植えられ秋にヘチマ水を取っては化粧水にして組内のご信者にお裾分け。「ヘチマの実は中国人や沖縄の人は好んで食べられるし、もちろんタワシにもなる。実を収穫して秋口にツルからヘチマ水をとれば1本のツルから一升瓶で7~8本はとれますよ。これを生成すると咳止めの薬にもなるし、アルコールを加えると化粧水にもなるのですよ。市販のものはほんの僅かしかヘチマ水が入っていませんが家庭で作ると純度が高く良い化粧水になるのですよ」と坂本さん。とても92歳には見えない坂本さんの肌つやを見て、一同、納得。

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