第16号(H19年)
第16回研究発表大会特別講演録
遺伝子オンで生きる
筑波大学名誉教授 村上和雄
第26回公開講演会講演録
高齢者に寄り添う介護のポイント
(有)笑う介護士代表取締役 袖山卓也
ブラジル開教100年 -その史的背景と人物の探求(上)-
常任理事 伊藤日学
本尊問答抄ご著述の背景と三箇之中一大秘法その1
小林日元
三途成不論の一断面、その光と影
竹部日同
てこのかたまの研究
小川立恵
御妙判図解化の試み
局 良鳳
サンマを増加するために
岡居清真
青年会向け教化促進題材一例
指田隆行
法灯相続のための青少年への働きかけの一考察
伊藤随隆
The Genealogyof HBS
福岡日雙

第15号(H18年)
第15回研究発表大会特別講演録
経営学から見た宗門
日扇聖人御一代記に学ぶⅣ-「清風一代記畧圖」を主眼において-
常任理事 伊藤日学
海外弘通を考える
福岡日雙
世界史における立正安国論 -立正安国論奏上750年に向けて-
石川日翠
菩薩の願いと教育欲について
向井淳報
佛立の菩薩行 -一人から一切衆生へ-
橋口清遠
懐中御本尊についての一考察
局 良鳳
IT社会とご弘通
長松清潤
第14号(H17年)
第14回研究発表大会特別講演録
生きること、学ぶこと -金ではなく鉄として-
中坊公平
日扇聖人御一代記に学ぶⅢ -「清風一代記畧圖」を主眼において-
常任理事 伊藤日学
四信五品抄御著述の背景
-佛立版日蓮大士御妙判集編集の一断面(その1)
小林日元
妙講一座に如説修行抄が加えられた要因について
松田日晃
日晨上人御著作拝読
石川日翠
お焚きあげ(浄火)の一考察
-ダイオキシン問題とのはざまで-
岡居清真
平成の弘通現勢に於ける考察と方策
-データベースをご弘通に活かす試み-
長松清潤
本山三大奉納金の促進について
澤 健治
第13号(H16年)
日本の宗教界における佛立宗の位置と課題
東洋大学社会学部教授  西山 茂
日扇聖人御一代記に学ぶ(Ⅱ)
-清風一代記畧圖を主眼において-
常任理事 伊藤日学
南無久遠の御文についての一考察
-信徒指導及び宗外者に対する折伏の視点から-
川端薫貫
日蓮聖人の弘通展開
-領家の尼と東條景信との土地訴訟問題の系年についての一考察-
局 良鳳
本門佛立宗系教団「法華宗獅子吼会」「在家日蓮宗浄風会」について
野口清継
婦人会員(関西地区)からの質問
石川日翠
役中誕生の傾向と対策
植田日事
第12号(H15年)
日扇聖人御一代記に学ぶ
-『清風一代記畧圖』を主眼において-
伊藤日学
第12回研究発表大会パネルディスカッション
-弘まる御講について-
日蓮聖人は摂受か折伏か
-今成元昭先生の「日蓮聖人摂受説」への反論-
福岡日雙
本門佛立妙講一座の一考察 -読誦観の視点から-
小川立恵
開導聖人が語る「善」について
亀井日魁
臨終の相についての一考察
佐藤薫忠
「信教の自由」を主張する人への折伏考
花前周聞
第11号(H14年)

第11回研究発表大会特別講演録

日蓮聖人御真蹟御本尊について 立正大学文学部教授
中尾 堯
佛立教学の応用的理解 -自行と化他の両面から-
福岡日雙
読誦観 -「法華宗の教えを語る」を読んで-
小川立恵
高祖と開導の本尊観 -日蓮聖人の上行菩薩実証の一考察
局 良鳳
伊予阿闍梨日頂上人と富木常忍師との関係についての一私見
野口清継
扇全学入門
石川日翠
高祖大士の家族観
植田信行
葬儀を通しての信行相続に対する教務のご奉公
河内良説
高祖の信徒指導における比喩的表現について
-南条家一門への御消息より-
高須昭因
自動車御本尊の意義と護持方法の考察
-高祖授与の「護り本尊」拝見より-
花前周聞
第10号(H13年)
四信五品抄に示された日蓮大士の信心観と成仏義
福岡日雙
当宗の信行観について識分法門(六九合論)からの一考
亀井信鏡
なぜご信心をさせていただくのか -佛立信心初心の理解-
石田恒安
高祖と開導の本尊観
-上行の自覚と実証の角度から本門の本尊を考察する-
局 照忍
神経症・うつ病者に対する折伏助行法とその宗義的根拠(その4)
小林日元
日晨上人の御会式観
石川日翠
20世紀の御会式諸相
岡居清真
IT(情報通信技術)時代について
池本良伴
第10回研究発表大会パネルディスカッション「IT革命」
佛立宗の教え 英語訳の試み(その6)
英語訳研究班
第9号(H12年)
高祖の戒論・壇論 その二
木村日覚
読誦について -伊達日彰上人の読誦観を中心に-
小川立恵
高祖の仏教史観(2)
谷川淳浩
神経症・うつ病者に対する折伏助行法とその宗義的根拠(その3)
小林日元
弘通力自己採点図を作る ―弘通概念の再検討-
石川日翠
21世紀宗門基本構想試案
石川日翠
青少年育成の試み -信行意欲を高めるテキストの作成-
寺谷章恒
教化親子 喜びの生まれ方
植田信行
佛立カウンセリング研究を乞う
日野国利
佛立宗の教え 英語訳の試み(その6)
英語訳研究班
第8号(H11年)
総名という表現について-総別と能所という視点から-
法華宗本門流研究所 芹澤泰謙
十二宗名概説(二)各論 ①過去宗
元佛立教育専門学校校長 馬養日虔
高祖再発見
福岡日雙
高祖の戒論・壇論 その一
-高祖は叡山において受戒されたか否か-
木村玄妙
高祖の仏教史観 -末法観について御抄より拝見する-
谷川淳浩
日晨上人のご奉公者観
石川日翠
他を思いやる不軽流教化
日野国利
特別寄稿 法華学要綱
芹澤日耀
佛立宗の教え 英語訳の試み(その5)
英語訳研究班
第7号(H10年)
十二宗名概説
元佛立教育専門学校校長 馬養日虔
祖書編纂考(試訳)
竹部安素
善について -高祖御妙判における善の解釈-
川端薫貫
佛立教義解説平易化の試み
石田恒安
勧誡一体の折伏 -開導聖人の御教歌に学ぶ-
井上宇慶
日晨上人の教務観
石川日翠
現代における当宗の謗法観とその対応について
-法灯相続推進の立場から-
指田隆行
訪問教化導入の推移
日野国利
佛立宗の教え 英語訳の試み(その4)
英語訳研究班
第6号(H9年)
御教歌についての私考
佛立研究所理事 野崎日丞
本尊問答抄(学報2号より続く)
長谷川泉淳
神経症・うつ病者に対する折伏助行法とその宗義的根拠(その2)
小林日元
日晨上人の家庭観
石川日翠
弘通におけるインターネットの利用
寺谷章恒
ビデオ弘通の可能性
植田信行
佛立宗の教え 英語訳の試み(その3)
英語訳研究班
第5号(H8年)
高祖立教開宗の意義
佛立研究所常任理事 亀井日映
教学の応用的理解への一試み
福岡日雙
神経症・うつ病者に対する折伏助行法とその宗義的根拠(その1)
小林日元
「日蓮聖人の存在と意義」を最優先に学ぶ必要性について
深沢泉奥
新・法灯相続図解
石川日翠
法灯相続研究
小西泉随
「信徒教育」「階層別教育」導入について
日野国利
佛立宗の教え 英語訳の試み(その2)
英語訳研究班
第4号(H7年)
佛立宗の御講と他教団の家庭集会
東洋大学社会学部教授 西山 茂
「御講」見聞(下)
西山 茂
座談会 御講を考える 新御講の試み
-御講活性化の一端として-
川手日廣
教務の御講心得
福岡日雙
当宗戒壇論から考える21世紀の御講
小林日元
御講奉修に観る信徒教育の実状その改良への提言
深沢泉奥
人間環境と御講
川端薫貫
日蓮聖人の読誦観
-開導聖人と庵谷行亨教授の解釈を中心に-
小川立恵
御講研究所感
小西泉随
御講の現状分析 -40代女性信徒の聞き取り調査をふまえて-
石川日翠
御講と集合教育(定型教育)の関連システム
日野国利
佛立宗の教え 英語訳の試み
英語訳研究班
第3号(H6年)
「御講」見聞(上)
東洋大学社会学部教授 西山 茂
日隆聖人管見
興隆学林専門学校教授 大平宏龍
引導(文)管見
川手日廣
仏教の業論理解への一アプローチ
福岡日雙
佛立宗義における「四重興廃」釈一考
小林信源
御講ということ
長谷川泉淳
外からの証明(新佛立宗入門)
深沢泉奥
教相と観心からの顕本論
亀井信鏡
新宗教との比較に見る佛立宗の優位性(三)
岩本淳要
開導聖人の読誦観について
小川立恵
講機能の再考
小西泉随
活動の二類型と非活動の二類型
石川泉翠
佛立宗と社会福祉実践
寺谷章恒
近ごろの若いモン
植田信行
訪問教化について
日野国利
第2号(H5年)
如四観の三抄と十句の要文における宗義
川手日廣
平等と差別
木村玄妙
日忠聖人「番神問答」をめぐる問題について
竹部安素
脳死問題と生命倫理
吉田淳崇
教学の応用的研究とは何か
福岡日雙
教務カウンセリング学について
福岡日雙
環境問題の宗義的解決試論
小林信源
宗学の現代化への用意
長谷川泉淳
西洋哲学と仏教における存在論の比較についての一考察
亀井信鏡
新宗教との比較に見る佛立宗の優位性(二)
岩本淳要
助行の手引き
石田恒安
教義解説書の研究
岡居清真
講機能の再考(二)
小西泉随
青少年に対する信心教育考
植田信行
創刊号(H4年)
御遺文中の一人称「日蓮」
石川泉翠
新宗教との比較に見る佛立宗の優位性
岩本淳要
御法門用語の研究
岡居清真
御供水のものがたるところ
川手日廣
講機能の再考
小西泉随
佛立信行・七つのポイント
長谷川泉淳
教務カウンセリング学序説
福岡日雙
佛立の人間観
吉田淳崇

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